家族と住まい
年収1,200万・子ども2人のほうが、余白が大きいことがある
世帯年収1,200万、子どもは2人、貯蓄は1,000万。家賃は月12万。郊外に戸建てを、と考え始めると、決まって同じ気後れが先に顔を出します——うちは、年収数千万の共働きほどの余裕はない。だから、買う資格があるのかどうか、自分のなかで確信が持てない。
ですが、この気後れは、比べる相手をひとつ取り違えています。家を買えるかどうかを最後に決めているのは、稼ぐ額の大きさではありません。稼ぐ額と、その額で実際に営んでいる暮らしとの間に、どれだけ距離が空いているかです。年収は他人と横に並べられても、その距離だけは、誰とも比べようがありません。
余白は所得の絶対値ではなく、稼ぎと暮らしの『距離』に宿る
手元に残る余白は、入ってくるお金そのものではありません。入ってくるお金から、出ていくお金を引いた距離のことです。当たり前に聞こえるのに、家の話になると、私たちは決まって距離ではなく分子だけを見てしまいます。「いくら稼ぐか」で家の格を測り、「いくらで暮らしているか」をほとんど数えません。
年収1,200万でも、家賃12万で暮らしの水準が低ければ、距離は大きく開きます。年収2,400万でも、家賃32万で暮らしが収入に張りついていれば、距離は驚くほど詰まります。余白を生むのは分子の大きさではなく、分子と分母のあいだに空いた幅です。年収という横並びの指標が見落とすのは、いつもこの幅のほうなのです。
高い収入は、自分で選ぶより先に高い暮らしを連れてくる
年収が上がると、家賃も外食も子の習い事も、決断した覚えのないまま一段ずつ上がっていきます。これは意志の弱さでも浪費でもありません。収入が一段上がるたびに、暮らしの水準も一緒に上がる——重力に近い、ほとんど自動の現象です。
だから高所得の家計ほど、額の割に距離が詰まっていることがあります。固定費が収入に追いついてしまい、稼ぎと暮らしのあいだが薄くなっているのです。逆に、収入が上がるより前に暮らしの水準を据え置けた家計は、上がったぶんがまるごと距離になります。年収1,200万・子ども2人で家賃12万という配分は、上がる前に水準を止めた結果としての距離です。問題は年収ではなく、年収に暮らしを追いつかせたかどうかにあります。
身の丈とは我慢のことではない。暮らしを収入よりひと足遅れて上げること
身の丈に収める、と言うと節約や耐乏の話に聞こえます。ですが、ここで起きているのは我慢ではありません。収入が上がったとき、暮らしの水準を同じ速さで追従させず、ひと足遅らせる——ただそれだけの、地味な時間差の運用です。耐えているのではなく、上げる順番を入れ替えているにすぎません。
この時間差は、家を買う段になって効いてきます。住宅ローンは、月々の固定費を数十年ぶん先に確定させ、もう動かせなくする契約です。すでに暮らしを収入より遅く上げてきた家計は、そこに重い固定費が加わっても、もとから開いていた距離の内側に収められます。固定費が低い家計ほど、ローンを足したあとに残る距離が薄くなりにくいのです。
郊外の戸建ては、立地を諦めた選択ではなく、余白を先に確保した選択
都心の物件を背伸びして買うのと、郊外の身の丈の戸建てを買うのとでは、月々の固定費が桁ひとつ手前で変わります。その差額は通勤時間や利便性と引き換えですが、家計の側から見れば、差額はそのまま余白として数十年残り続けます。利便性は毎日少しずつ受け取り、余白は老後にまとめて効く——受け取る時期が違うだけです。
『身の丈に合わせた』とは、欲しいものを諦めた状態の別名ではありません。月々の固定費を低く据え、その低さを数十年かけて余白へ替え続ける選択です。どの物件を買うかより、固定費をどこに置くかのほうが、八十代九十代の家計には長く効きます。
審査の上限も家計の黒字も、『あなたにとって足りるか』だけは答えない
ローン審査は『いくらまで貸せるか』を答えます。家計診断は『今月の収支は黒字か』を答えます。どちらも貸し手と今月の都合の数字であって、この家計がいちばん知りたい問いには触れません——年収1,200万・子ども2人で郊外に家を買って、八十代九十代まで、ほんとうに足りるのか。
審査の上限額は、貸し手がどこまでリスクを取れるかで決まる数字で、あなたの安心とは別の座標にあります。月々の黒字は、教育費が二人ぶん重なる時期や、退職後の長い無収入期間まで含めて足りるかを、一つも保証しません。気後れが消えないのは自信が足りないからではありません。手元の道具が、『あなたにとって十分か』という一点を、設計の最初から避けて通っているからです。
押し上げる
- ↑家賃12万の低い固定費
- ↑暮らしを収入より遅く上げた
- ↑退職後も残る距離
押し下げる
- ↓教育費が2人分重なる時期
- ↓貯蓄1,000万の薄い出発点
- ↓年収の絶対値は平凡
なぜ、年収1,200万・子ども2人で、これだけの余白になるのか
この世帯の前提のまま100年を1,000回試算すると、余白スコアは94、資産が尽きずに済んだ未来は1,000回すべて、安心ラインに届くのは60歳でした。この数字は、いくつもの力が引っ張り合った末の到達点です。押し下げる側には、教育費が二人ぶん重なる時期があり、貯蓄1,000万という出発点はけっして厚くなく、世帯1,200万も年収の絶対値だけ見れば飛び抜けてはいません。それでも針が高い側へ振れたのは、押し上げる力のほうが効いたからです。家賃12万で固定費を低く保ち、暮らしを収入より遅く上げてきたぶんが、まるごと距離になって残りました。固定費が低いから、教育費の山を越えても距離が残り、退職後の長い無収入の年も、その距離の内側で支えられます。生存率がすべての試行で尽きなかったのは、稼ぐ額が突出していたからではなく、暮らしが稼ぎに追いついていないからです。
この人の論点は、いくら稼ぐかでも、どの物件を買うかでもありません。稼ぎと暮らしのあいだに開けてきた距離を、家を買ったあとも残せるかどうか、その一点にあります。
あなたのスコアも、同じ綱引きの結果として一つの数字に落ちています。気後れの相手を他人の年収から自分の距離へ移したとき、あなた自身の論点が、どの数字の上に立っているのかが見えてきます。
資産が尽きずに済む割合
100%
安心ライン到達
60歳
YOHACK は、他人の年収ではなく、自分の暮らしと家計のあいだに残る余白の実寸を、自分の数字で見るための道具です。何も売りません。自分の数字で見てみる
同じ問いを抱えていそうな人が、まわりにいたら。